----illustrator 佳矢乃のキノミキノママ日記----


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JANUARY 2010

2010年1月29日 梅の花


咲き出しました。
南部梅林もこの週末から始まります。


2010年1月28日 水の結晶


水の結晶写真というのを見せてもらいました。
世界中の名水、滝、いろんなところの水を集めて、その結晶写真を写しているものです。
それぞれの場所によって形も違う。
そしてどれも美しいのです。

普通の水でも美しい言葉をかけ続けてやると、そういう名水の結晶のような綺麗な形になるそうです。
逆に汚い言葉をかけ続けると、結晶が破壊されてぐちゃぐちゃに。
言霊はたしかにあるんですね。

人間の身体もほとんどが水分だから、
たとえば自分に「いやあ、可愛いなあ、今日もぉ。」なんて声がけしたら、
ホントに可愛くなれたりして。うふん。←気色悪いと言った人、正解。笑

‥‥いやあ、でもまんざらウソでもなさそうですもんね。
ありがとう、って言葉だけでもすごい力となりそうだもの。



2010年1月27日 音楽発表会


長女の小学校で、音楽発表会がありました。
一生懸命練習した成果を見せてくれました。
合唱も、合奏もとても良かったです。

ひとつだけ、残念だったのは‥
合奏中なのにずっとお喋りしている一部のお母さんたち。
どうして聴かないで喋ってるんでちゅか。お口はチャックでちゅよ。
‥‥なーんてね、言う勇気もないから情けないんだけど。



2010年1月26日 お守り


あったら安心するもの。
そういうものを、ふと忘れたとする。
途端にそれは、
「無かったら不安になるもの」に変身する。

ある時から、それがとても窮屈に感じ始めた。
それがなくちゃダメだと、不安になりはじめるようなものなら要らない。

もっと軽やかに生きたい。
あ、忘れた。でも、ま、いっか。
自分の身ひとつ、自分の心ひとつでなんとでもなる。
そう思える強さを持ちたい。

今もまだ弱い自分だから、余計に思う。



 

2010年1月25日 大当たり


牡蠣に当たった。
牡蠣が大好物。だからメニューにあったらつい選んじゃう。
今回もやっちゃった。
思いのほかゴロゴロ大量に入った牡蠣のクリームスパゲティをランチタイムにたいらげた。
すると、夜中おかしくなった。
ありゃつらい。
もう本当にしばらく牡蠣はやめだ、やめ。
と、以前やられた時も思ってるくせに、まったく学習能力がないこの人は、
今回も結果、まる2日も寝込む事になる。

もしその寝込んだ2日のうちに締め切りがあろうもんなら、大変だ。
どんだけピーピーピーだろうが、描くべし描くべしなんだから。
週末で助かった。
神様、この週末で当ててくださってありがとう。(言い方がおかしい)

布団の中で寂しく一人寝ていたら、めちゃくちゃ久しぶりの友達から携帯メールが来た。
彼女は久しぶりなのに、
テレビに出てる人で私と似てる人がおる!それをずーっと思ってたんやけど、
もう言わずにはおれんから言う、あーすっきりした。
というただそれだけの投げっぱなしなメールだった。
ほんまにそれだけ言いたかったんか。笑
でも一人寂しく寝ていた私は人恋しさもあって、
またいたわりの言葉を言ってもらいたくて、
「牡蠣に当たって寝てますねん。」と速攻返事した。
すると、
「おお、大当たり、おめでとう。」
と返して来た。
いやーどうもどうも、ありがとう。笑

これだけゆっくり休息できたのも、いつぶりだろう。
お陰で復活、なんとか体力気力戻りました。
健康ってほんとに大事。
みなさん、流行り風邪でもなんでもですが、どうぞお気をつけください。。


2010年1月23日 ある夜の事


夜、パジャマ姿の4歳の次女が、
「この絵本、読んで〜。」
と、私にせがんできた。
見ると長女が小さい頃に買った何かのアニメの本で、
犬が主人公のシリーズもの。
でも第一巻しか買ってなくて、その続きは今も知らない。
本棚の隅から引っ張り出してきたんやなあ、と思って軽く「いいよお。」と返事する。
でもまだ他に用事のあった私は、先に次女を布団に寝かせ、いろいろと片付けたりしていた。
次女は布団の中で、その絵本をじっと眺めているようだ。
まだ彼女は文字は読めない。
‥‥しばらくすると、
その布団の中から、妙な、妙なうなり声が聞こえてきた。
「うううう‥、ううーーー、うおおおおおい‥‥。」

ど、ど、どうした?どうした?と布団をめくると、
絵本片手に次女が、おいおい泣いている。
私「どうしたん?なんで泣いてんの。」

いや、だいたい察しはついていた。
その絵本の主人公の子犬ちゃんが、この本の中で迷子になってしまうから。
文字は読めなくても、絵の中で子犬ちゃんは泣きながら飼い主を捜しているし、
街で出会う野良犬たちにいじめられたりしている。
ははーん、と思った。
次女は、
「ふえっ、ふえっ、この犬、かわいちょう〜〜、おーーーいおいおい。」
と顔をしわくちゃにしている。
私「そうやな、そうやな、だいじょうぶ、大丈夫やでえ。」
一体なにが大丈夫なのか自分でもわからないけど、とにかくなぐさめたくて、
背中をさすりながら、こう言っていると、
次「この犬、飼いたいぃぃっ、おーーーーーいおいおい。」
おお、そう来たか。
それでも、
私「そうかそうか、飼ってあげたいのかあ。そうかそうかあ。」
ただただお茶を濁すばかりの母。笑

涙をポロポロ、あんまり泣いて自分でもつらくなってきたのか、今度は、
次「かわいちょうなのイヤっ。かわいちょうくないお話して。」
とせがんできた。
よーしよしよし、そうしようそうしよう。
かわいそうくない(つられて言葉がおかしい)お話をしてあげよう。

私「じゃあねえ、そうやなあ。
  あ、おなじワンちゃんのこのお話がいいかなあ。」
次「ふんふん。」←涙をいっぱいにためながらも期待いっぱいの表情。
私「よくばりな犬!」
次「ちょれ、ちってる!」←訳:それ、知ってる!
なんとか笑顔が戻ってきたので、よーししめしめと私も得意げにおもしろい声を出しながら、
お話をしはじめた。

私「‥‥走って走って、やっと逃げ切った犬さんは〜、
  ふっと橋の上から、下の川を見てみました。
  すると〜、なんとっ!
  そこには、自分よりも大きなお肉を加えた犬が、目の前にいるではありませんかっ!!」
次「ふふふふふ。」(お、いいぞ、笑い始めてるぞ)
私「あいつぅ〜、俺よりも大きな肉を持ってやがるっ!
  よし、脅かしてあの肉も奪ってやれーい!
  ウーーーーーーワンワンワンワン!!」
次「ふははははは。」(よしよし、笑った)
私「ワンワン!!
  あっ!!!
  ‥‥と、吠えた途端、加えていたお肉がポチャンと川に落ちてしまいぃ、
  目の前にいた犬もぐちゃぐちゃに消えてしまいましたぁ。
  そうです、あれは川に写っていた自分の姿だったのです。
  あ〜あ〜、せっかく持っていたお肉も、よくばったばっかりに川の底に沈んでいってしまいました、とさ。」
次「‥‥‥。」

「よくばったばっかりに‥‥」というあたりから、
次女の顔がみるみる悲しく崩れていって、
「川の底に沈んで‥‥」で、
涙が今にもこぼれ落ちそうになって、
「うわーーーーーーーん、犬さん、かわいちょうーーーーーーー!!」
おーーーいおいおい、おーーーーいおいおい、またも号泣。

‥‥‥しまったあ。
痛恨の選択ミス。苦笑



 

2010年1月22日 たからものを、またひとつ


わたくしは、今モーレツに興奮している。(いきなりなんだね)
あるモノを目の前にして、非常に興奮している。(だからなにかね)

手に入れてしまった。
昨日、丁寧に梱包されたソレが我が家に届いた。
某ネットオークションで競り落としたソレを目の前にして、
今、わたくしは、モーレツに興奮している!!
ふーはははははははは!
思ったよりも安かったぞ!!
そして思ったよりもたくさん手に入れた!ふーーーーはははははは!(放っておいてやってください)

チャイクロ。ってご存知ですか?
今も何度か改訂されてはいるものの販売されているらしいですね。教育絵本という類いの本です。
12冊そろい1セット箱入りで売られてて、
私が子供の頃、いえもっと幼い1歳くらいの時に買ってもらって、
本当に何度も何度も見返して、大好きだった絵本たちです。
私が買ってもらったのは1973年発売の初版本だったらしく、
この仕事を始めてから何度となく「チャイクロ」のような絵を描きたい、と
漠然と思っては忘れ、思っては忘れ、
で、今年に入り突然またその思いが強烈に噴火のごとく沸き上がり、
たまたまオークションでうっかり見つけてしまい、
この月曜に、怒濤のように入札し続け、
12冊のうちの8冊を、手に入れてしまったのであーる。
いいんだ、いいんだ、思ったよりも安かったから。(そこか。笑)

さあ、ここから興奮のあまりついパシャパシャと写メってしまったものを、
怒濤のようにただただ乱暴に上げていきますよ。
知らない人にはまったく興味がないであろう写真の数々。
最初に謝っておきますよ。笑


あるページ。
どうですか、この躍動感。
「1・どうぶつ」に掲載されている
あるネコのおはなし。


どうですか、この迫力!
このページを開く度に、
うぎゃーー食べられるー!と
異様に興奮していた当時1歳児の私。


同じ「1・どうぶつ」の中で、
当時一番私がコワくて、
開けなかったページ。
海の色に対して、この空の色‥。
画面からはみ出しそうなクジラの迫力。
今でもコワい‥。


ちなみに上の写真のネコは、この後、自分が釣り上げられる、というオチです。笑

まだまだ続けますよ。


みんな丸いのに、
自分だけが四角いくらげのお話。
このグラフィカルかつ色鮮やかな
場面構成は今見ても泣ける。


つながれたヤギが、
ぐるっと草を食べてって、
○の形ができた、というページ。
形の仕組みをこうやって学んだ。


あんたがたどこさ〜♪
たぬきのお肉を
食べている人の絵。
子供心ながらに物悲しく
思ったのを思い出す。


光のプリズムも、
こんな絵で描かれていた!
このページも
大好きだったなあ‥。


大人になった今、コーヒーを飲みながらゆっくりと思い出のページを一枚一枚めくって行く‥‥、
ああ、なんと今の私は幸せなんだろうか。(大袈裟)
と、宝物をまたひとつ手に入れて、余は大変満足じゃ。

おっと、ここで業務連絡。
東京在住のF氏に告ぐ、F氏に告ぐ。
先日そなたに与えた
「東京の古本屋でチャイクロ初版本をなんとしてでも見つけ出せ」という重要任務については、
このとおり余が自ら果たした故、
今ここで取り下げる!ありがたく思え!
よってそなた自らの重要課題に存分に力を注ぎたまえ!
以上!

‥‥今回入手できなかった残り4冊。
これも今後ひとつひとつ探す楽しみが増えました。



2010年1月21日 おにいちゃんのたね、その後


3日ほど前に書いた「おにいちゃんのたね」の話。
今朝、土に埋めました。
で、埋める前にもう一度拾ってきた次女に埋めていいか、と聞くと
「いいよお。‥‥うーん、でもええなあ、おかあさんのおにいちゃん‥。」
と、今度は自分もおにいちゃんが欲しいと言いたげでした。笑

横で聞いていたおばあちゃんが、
「それ、藤の花の種やんか。」と言いました。
前から次女がしょっちゅう保育園から拾って帰ってきてて、
そのうちの2、3個、すでに庭に埋めてあるというのです。
へー、そうなん?
うん、で、もう去年植えたやつなんか、茎生えてきてるで。
どれどれー?って見に行くと、
思ったよりもしっかりした茎がにょきっと生えていました。

藤の花かあ‥。
お母さんのお兄ちゃんは、藤の木になって花を咲かしてくれるんやなあ?
って言うと、
次女は嬉しそうに、にやっとしてました。
本当にいつか庭に藤の花が咲くようになるといいなあ。
一体何年先だろう。笑


2010年1月20日 ピアノ


ピアノの練習。
毎日10分。
‥のつもりが、娘も私も、
最近ちょっとさぼり気味。
たどたどしいながらも左手の分散和音、せっかく慣れてきた頃だから、
これ以上怠け癖がつかないようにしなくっちゃ。

娘はどうかしらないけど、
私はいつか弾いてみたい曲があるので、
しばらく続けようと思っています。



2010年1月19日 あの街のこと


「やり残して来た宿題を、今やろうとしている」気分のことを、
この前の日記にも書いたけど、
その一番の動機となった出来事は、
実はおとといの東京のホテルの部屋で起こったことだった。

1月17日。
あの街に住んでた人なら忘れられない日付。
ホテルの部屋に帰り、明日発つ為の荷物をまとめたり、お風呂の用意をしながら、
テレビを付けた。
モリヤマミライとサトウエリコが関西弁で喋っている。
ドラマのようだけど、その会話はすごく自然体でドキュメンタリーのようにも見えた。
瞬時にミーハーな私は思った。
「あ、この二人、‥二人とも神戸出身だったよなあ。」
そして見入ると、その二人が立っている場所もものすごく見覚えのある場所で、
それがJR三ノ宮駅のキヨスク前、コインロッカーの前だと判った瞬間、
このドラマがあの震災にまつわるものだと判った瞬間、
私の中で、なにかが弾けた。

1月17日。
私は今まであんまりここで、震災の事を書かなかった。
軽々しく書いちゃいけないと思っていたし、
実際に書けないし。

ドラマの中で、二人の役者さんは流暢な神戸弁で自然に喋り合い、
夜中の街、三宮から御影までを歩いていた。
子供の時に被災したけど、今は東京に住んでいる二人。
久しぶりにこの街に戻ってきたけど、目的地・御影までの終電を逃し、なりゆきで、
三宮から御影まで往復で歩いて、翌朝早く東遊園地で行なわれる式典に参加する。
という設定だった。
もう全然人ごとではなくなって見入っていた。

私も昔、歩いた。
正確に言うと、住んでいた三宮から阪急の西宮北口駅まで歩いた。
休まず歩いて6時間以上かかった。
玄関のドアが壊れて全く開かないので、
マンション4階の部屋のベランダから、
とにかく隣のうす壁を蹴破って非常はしごを探し出した。
地上に降りると目の前の公園で皆が集まっていた。
たき火を焚いて周りを囲み、
そして、一晩だけ区役所に泊まり、支給された乾パンを食べ、
翌日、非常はしごを何度も昇り降りし、大きなバックを三つも抱えて、
三宮から西宮北口まで歩いた。
田舎にとにかく帰ろうと思ったから。

あの日、
私の三宮のマンションから、ほど近くに住んでいた会社の同期が私を探しにきてくれた。
嬉しかった。
互いに手を取りあって無事を喜んだ。
そして二人で壊れた街を見て回った。
特に線路の北の方の様子に言葉を無くしながら歩いた。
好きなパン屋さんも憧れの老舗のステーキ屋さんも、跡形もなかった。
近くのコンビニ前の自動販売機が、既に荒らされていて商品がなくなっていた。
どうする?お互いそれぞれ田舎があったから、
帰る?そうよな、帰る?うん、じゃあ今晩は一緒に区役所にいって泊まろか。
で、明日帰ろう。気をつけてな。うん、ほんまに。

そうして翌朝、線路の上を一人で歩いた。
私と同じように歩いている人が何人もいた。
みんな、あの様子の中で黙々と歩いていた。
阪急の西宮北口から、やっと電車が出ていた。
それに乗って、和歌山に帰った。

私は逃げて来た、とずっと思っている。
だから軽々しく、あれについての事実は話せても、
何かを語ることはできない、と今も思っている。
焚き火を囲んだ同じマンションの人たち、初対面だったけど、
いろいろと喋った人たち、
それぞれ、それぞれの友達や知り合いの様子を見に出かけては戻って来て、
恋人を失った人、逆に友達の無事を確認できた人、
みんなのそれぞれの顔を覚えている。
そしてそこに留まる人、私のように帰る人。

ドラマの最後、東遊園地の式典にサトウエリコは参加した。
彼女は震災で親友を失っていた。
モリヤマミライは参加しなかった。
彼は震災時、自分の家族がいろいろしてきたことが原因で、
この街に対して罪悪感を持っていた。
二人一緒に東遊園地のすぐそばまで歩いてきたのに、
サトウエリコが「行こうよ。ここまで来たのに。」と誘っても、
モリヤマミライは「今年はやめとくわ。」と断った。
で、二人は別れた。
サトウエリコが、別れ際にモリヤマミライをぎゅっと抱いた。
その時のモリヤマミライの表情が、
たしかに演技かもしれないけど、
あの表情は、単に虚構の世界の中だけのモノだとは、私は片付けられない。

私もまだ行けない。
毎年この日が近づくといろいろ報道されるし、記事になる。
でも私はちゃんと見てこなかったし、読んでこなかった。
あれから何ヶ月間かが一番大変だった。
震災後ひと月後くらいにまた会社に戻って、
確かに何時間もかけてあの街に通勤する生活が半年以上続いたけど、
それでも、震災からの一番大変な時期に逃げ帰っていた私には、
何かを語るそんな資格はないな、と心のどっかで思っている。

でももし許してもらえるなら、
いつか、あの集いに参加させてもらえたら‥‥と思ってしまった。
モリヤマミライの役と、状況や感情が完全に一致するということではないけど、
あのシーンで、なんとなく震災後から今まで自分があの街に抱いてきた感情を、
そろそろ解放したいなあ、と勝手ながら思ってしまった。
15年も経ってしまったんやなあ、と淡々と思う。
それしかできない自分だけど。
これからはもっとちゃんと報道も記事も見ます。
当時一人暮らし。
でも今は、守るものがあるから、これからはちゃんと向き合います。

こんな面白くもない自白めいたもの、
最後までつきあって読んでくれた方、本当にすみません。



2010年1月18日 おにいちゃんのたね


朝一番の飛行機で、地元に帰って来た。
朝一番と言っても自宅に帰れたのは午前11時前。
たまったメールの返事や、いろいろな雑務でほぼ時間が過ぎてしまう。

夕方、次女のお迎えに保育園に行った。
何日かぶりの次女の顔。
私を見るなり、にやーーっと不敵な笑みを浮かべ、
「はい、これっ。」と、
なにやら握りしめた拳を私に突き出した。
「なになに?」
「はい、手ぇ出してー。」
「なんやろー?」
と手のひらに置かれたそれは、小さな何かの種だった。

次女はよく木の枝、葉っぱ、石ころ、花びら、なんでも拾って来る。
それも大事そうに拾って帰ってくる。
お陰で私の車の中はそれらの枯れ木や枯れ草で、パサパサのゴミだらけなんだけど、
私も捨てるに捨てられず、放置してたりする。笑

私「これ、なんの種?」
次「ふっふっふ。」
ほんまに何かを企んでいる含み笑いをする。笑

次「これなあ、うえたら、おにいちゃんがにょきって出てくるねん。」

説明がいりますね。笑
この次女ではなく、もう一人の8歳になる長女が、
「おにいちゃんが欲しい、おにいちゃんが欲しい。」とよく言うんです。
二人姉妹の長女である私自身も、その気持ちが痛い程よくわかるので、
私と長女ふたりで口を揃えて、
「お兄ちゃんが欲しい、おにいちゃんが欲しいー。」と、よく冗談で言っていたんです。

それを妹の彼女が、覚えていたんでしょうね。
「この種、帰ったら土にうめよな。
 そしたら、おかあさんのおにいちゃんが、にょきって出て来るからっ!」

久しぶりに会った上に、こんな調子で話しかけられて、
ちょっとホロリと来かけましたが、ここはなんとかグッとこらえて(苦笑)
私「おかあさんのおにいちゃんも嬉しいけど、
  おねえちゃんの方のおにいちゃんも産まれて来る種はないん?」
と、あえて意地悪く聞くと、
次「こっちにあるもーーん。」
と、得意そうに制服のポケットからもう一つ小さな種を出して来た。
‥‥心の涙腺決壊崩壊。
ああ、なんて心優しい娘に‥(親ばか大炸裂、お許し下さい。)

しかして、その二つの種は帰って来るなりなんやかんやとしているうちに、
いまだ埋めておりません。あちゃちゃ。
明日また、彼女が保育園から帰ってきたら埋めようか。



2010年1月17日 東京、その3、同志


昨日は通っているワークショップの今期最後の日だった。
もうここでどうのこうの書くことができないくらい、
たくさん学んだ。
生徒さんの一人が、打ち上げの席で言った。
「先生とKさん(主催してくださっている方)に出会えた事に本当に感謝しているんです。」
私も全く同じ気持ちです。

そして呑んで、歌った。(←今日もか。笑)
先生のビートルズ、まるでお父さんのような主催者Kさんの懐メロ、笑
みんなで歌うアニメソング、‥‥気がついたら泣いていた。(←なぜだ)

翌朝、見事に二日酔いだった。
ここまでひどい二日酔いは初めてで、これまでの自分のお酒の強さを、
すこし過信しすぎていたと、やっと気づく。笑
二日酔いに効くツボなんかを押さえながら電車に乗って、
春に参加させてもらうことになった企画展の主催者の方と会った。
いろいろこれから急ピッチで準備をすることになる。
でもそれも、先生に言ってもらったように「肩の力を抜いて」描けるようにしたいと思う。

それから、
会うのは二回目なんだけど、互いに話すうちに全然そんな風には思えなくて、
むしろ昔っから知ってたような、そういうヒトと会った。
代官山の西郷山公園から街を見下ろしながら、
ぼんやりと過去の事、現在の事、そして少しだけ先の事も話したりした。
私達は、これを見つけたら楽になれるという答えがあると思い込んでいたけど、
そんなものはないんよなあ、一生続くんよなあ、と、
彼女とうなづき合ったりした。

Nさん、ありがとう。
ピアノも、絵の具とパンも、いくつかのキーワード、大事にしていきます。




そのギャラリー前は、
歩行者天国になっていた。
銀座のど真ん中を歩けるのも、
またこれ嬉しかったり。

2010年1月16日 東京、その2、TEAM


ある方の展覧会に行った。
もう既にこの世にはおられない方だけど、
その方の残した仕事の数々を見て、
改めてチームで仕事をすることについて考えさせられた。

その方の過去のテレビ出演のVTRや、イタリアのミラノでの展覧会での様子等が、
モニターで映し出されていた。
その方は、いつもニコニコしていた。
一緒に仕事をするスタッフの皆さんの真ん中で、ニコニコしていた。
でも、その方だけじゃなくて、実は周りのスタッフの皆さんもニコニコしていた。

誰かに言われたからじゃなく、きっと皆、自分から進んで喜んでやっているから、
あの表情になってるんだ、と思った。

私が選んだ今の仕事も、絶対にそうだ。
普段はたった一人、机に向かって黙々と「描く」作業に専念するけど、
その絵の向こうには、直接お会いしなくても、
クライアントさんがいて、関わってくださるスタッフさんがいて、
見てくれるお客さんがいて、実はたくさんのヒトが関わってくれている。
前から「決して自分だけ満足して終わる絵は描かない」って思ってたけど、
うーん、言い方は難しいけど、
やっぱり、私は、
その時その時一つチームの一員として、
この仕事で加わらせていただいていることに、
喜びを感じる。

そして、その事を、これからもずっと忘れないようにしたい、と思う。



2010年1月15日 東京、その1、FRIENDSHIP


初日、営業。または挨拶まわり。
風は冷たいけど、気持ちよく晴れてくれたお陰で、
歩くのも気持ちいい。
途中、日頃からお世話になっている方からお呼出の電話が入る。
幸い近くにいたもんで、すっとんで行く。
以前より、東京の地理が理解出来るようになったので、
こんな風にすっとんで行くことができるようになった。笑
こんなことですらちょっと嬉しい。

夜。
大学時代の友人たちと呑んで、喋って、歌った。(←なぜ歌う。笑)
ある時期の自分を回顧すること。
正直に言うと私は今まで避けて来ていた。
でも、
もう回顧する事をためらわなくてもいいや、避けなくてもいいやと思った。
存分に回顧して、過去ととことん向き合う事も悪くない、と思った。
友人たちと歌っていて、そう思った。(←だからなぜ。笑)

昨年、母校に久しぶりに立ち寄ったときから、この流れは来ていた。
過去を振り返り、思い起こし、復習している気分だ。
やり残した宿題があったら、今からでも遅くないような気がしている。
もちろん今のこの年齢の自分だから、書ける回答があると思うから、だけど。



2010年1月14日 出張前にいろいろ


明日から東京出張です。
週末は実際の制作作業ができません。
(メールの送受信は可能です。)
ご迷惑をおかけすることになる方々、申し訳ありません。
来週明けからまた作業可能になりますのでよろしく御願いいたします。

営業用ファイル、地図、作品、名刺、ほか持ち物あれこれあれこれ。
毎回、遠足前の子供みたいにチェックしますが、
いつもなんか抜けてそうでコワい。
いよいよホントに遠足前の子供みたいにチェックシートが必要だ‥苦笑。

日本列島、大寒波到来中。
明日何を着ていこうか迷う‥。
それよりもなによりも、無事に飛行機が飛んでくれますように。



2010年1月13日 ひとりごと


昨夜、おからコロッケが成功してホクホクの母です。笑

子供がいると、どうしてもお子様が好む料理ばかりになってしまいますが、
たまには辛ーいものも作って食べたい。
ということで、子供たちのいない昼食ではキムチばかり食べています。笑

と、どうでもいい独り言を更に続けます。笑
今朝、二階の仕事部屋の窓から珍しい光景を見ました。
なんとなく窓の外を見ながらコーヒー豆をガリガリ挽いていましたら、
小鳥が二羽ひゅるーっと飛んで来て、眼下の木の枝にとまりました。
メジロでした。

ムクドリやスズメはよく見かけますが、
メジロはなんだか久しぶり。
綺麗な緑色で、目の周りが白くって、ホントに可愛い。
二羽仲良く追っかけっこしているような感じで、朝から微笑ましい気分になりました。
そんなのどかな田舎です。



2010年1月12日 それぞれの夢


昨日見たコワい夢を娘たちに話した。
おかあさんねえ、こんな夢見ちゃったよ。と。
目ん玉まんまるに見開いて、ふえー、ほえーと聞き入る二人。
8歳の長女が、
「それはコワいなあ。たまらんなあ。」と相づちを打ってくれ、
4歳の次女が、
「おちゅきさん、じぇったい落ちてけーへんから、ちんぱいいらんで。」
(訳「お月さん、絶対落ちてけーへんから心配いらんで。」)笑
と肩を叩きながら力強く慰めてくれた。
なんていい子たちなんだ。泣(親ばか炸裂)

すると私の夢の話に触発されたのか、
長女「あたしは、虹の橋を歩いてる夢見たでー!」
私 「へーーー、それはいいなあ!
   ええ夢見たなあ!」
長女「うん!楽しかったー!(ニコニコ)」
私 「良かったなあ。」
次女「はじゅみはねえ、あのねえ、あのねえ!」
私 「うん、うん。」
次女「あのねえ、ちょらからおかねがいっぱいおちてくる夢みたあ。」
  (訳「空からお金がいっぱい落ちて来る夢見たあ。」)
私 「‥‥。」
次女「それで、おかねがここにこーんだけたくさん山みたいになったあ。」
私 「‥‥‥‥。」

空想癖のある姉8歳と、現金な性格を日頃から次々と見せつけてくれる妹4歳、
そんな二人の、それぞれの夢。笑



2010年1月11日 夢うつつ


コワい夢を見て飛び起きた。
子供の頃から、よくこういうことがある。
今日見た夢は、そりゃもう「この世の終わり」みたいでしたよ。
綺麗だなあって見上げてた満月が、考えられないスピードで落下してきて、
目の前の山にドーンと落下して、炎上。
ボウボウと燃え広がり、その炎の海がこちらに向かってやって来るという。
ぎゃーーーー!
でも夢の中でも、やたら冷静に考えてた自分。
「あの子たちを抱えて、とにかく鉄筋の建物に逃げよう!」
‥‥いやいや、実際は鉄筋の建物でもヤバいでしょうが、
夢とは思えないようなリアルな風景で、
目が覚めてからもしばらくは、ちょっとボーッとしてしまいました。
あれ、家が燃えてない。あれ、大丈夫だったのか?
と、布団の中で真剣に無事を喜んでました。笑

ああ、もうヤだ、ヤだ。
たまにははっきりと楽しい夢くらい見て覚えていたいもんです。


2010年1月10日 十日戎


昨夜、氏神様の十日戎にお参りに行く。
昨年は日付も遅めに行ったせいか、いつも買う笹の安いのが既に売り切れていて、
やむなくちょっと御高めの笹を買った。
でも今年はさすがに、
これ以上お値段高めのものを買うのは正直厳しいので、
せめて同じランクの笹を買おうと、売り切れる前に初日の夜に出かけた。
(註:知人曰く、笹は決して昨年よりも安いものを買ってはいけないらしい。
   その分収入も下がる‥と言われているから。
   同じランクのものはまだ大丈夫だそう。)

参拝を済ませて、笹売り場に行く。
遠目から見ても、張り出されてるお値段の札の数が少ないのに気づく。
そう、つまり、前はもっとお値段の安い高いの幅が細かく沢山あったのに、
今年は選択の余地も少なくなっている‥ということだ。
焦った。笑

とりあえず一番安い方を売っている右端の方に近づいた。
値札を見ると、○千五百円。
おっと‥‥、去年よりも五百円高いではないかあ‥。
でも、これでも今年一番安いのみたいで。
すると私の隣でおばさんが大きな声で、
「あれ?!去年よりも値上がりしてるやん!!」と、
あからさまに不満そうに叫ぶではありませんか。
「いやいや、そうかあ?」
と売り子をしている地域のおっちゃん、とぼけたしぐさ。笑

なんや、そうなんか。それじゃあしかたない。
その分ご利益があると思って、潔くこの○千五百円のをいただこうじゃあないかあ。
と、私は胸を張って(なぜ、笑)
「○千五百円のを。」
と財布を出した。

一瞬間が空いて、その売り子のおっちゃんが、
「え?五千円のですか?」
と言った。
私「いえ、○千五百円ので。」
売「ええ?五千円のですよね。」
私「いやいや、○千五百円のでっ!」
後ろで酔っぱらった別の売り子おっちゃんが、
「さすが売るのうまいなあ〜!」と茶々を入れている。
私「いやいやいやいや、○千五百円のでっっ!!」
ビシッとお金を差し出すと、
お決まりのように、
売「はい〜、○○千万円お預かり〜、お釣り五百万円〜!!」
と、お釣りの五百万円硬貨を一枚いただいて、
無事、今年の笹を購入いたしました。笑
神様、あなたのシモベであろう酔っぱらい売り子さんの御意向に反してしまいましたが、
これでも昨年より更に頑張らせていただこうと意欲満々でございます。
どうか、更なる商売繁盛を。笑



2010年1月9日 希望


午前中に、少し時間があったので娘と公園へ。
落ちていた松ぼっくりの影が、
娘曰く「お花みたいー。きゃっきゃ。」だったので、
ちょっと描きとめてみたりして。
拙いけど失礼。。

午後、見のがしていた大河ドラマの再放送を一人こっそり見る。(なぜこっそり‥笑)
だって絶対泣くって予感したから。
泣き顔なんて子供に見られたくないし、まして親には、、ねえ。。
で、案の定泣いた。笑
年々涙腺崩壊率が高くなっていく。どないしたもんでしょか。

正直いうと今まであまりちゃんと伝記とかも読んでなかったこともあって、
すごい人だ、とは思ってはいたけど、
とりたててその主人公のお方に惹かれてる‥ってことはなかったんです。
でもねえ、今更ながら、まったく今更ながら、
その方が、今もこれだけ沢山の人に愛される訳がなんとなく知れそうです。
希望の光を見ようとする力、ってすごい。


2010年1月8日 届いたTシャツ


先月参加したグループ展「メリクリ11」で、
展示した作品をプリントしたTシャツが届きました。
注文してプリントしてもらうシステムなもんで、
そう、ズバリ、自分用に買いましたー!笑

‥‥うれしがりか。はい、うれしがりです。


2010年1月8日 共食い


よくイノシシのお肉をいただく。
知り合いの方や親戚のおっちゃんなどが狩猟の免許を持っているらしく、
割と頻繁にイノシシのお肉を食べることができる。

それを生姜醤油につけこんで冷蔵庫保存したものを、
母がお昼に焼いてくれた。
おいしい。
母の干支は、「亥」。
ぼそっと一言、
「共食いなんやけどなあ‥。」
と呟いて、食べていた。
‥‥なんやけどなあ、と表面的には遠慮気味に言いつつ、
しっかり全部たいらげる母。






2010年1月4日 ことわざかるた


娘たちのおもちゃ、ことわざかるた。
「あ」から「わ」まで、ことわざが盛りだくさん。
あたまかくして尻かくさず。
せいては事をし損じる。
ちりも積もれば山となる。
ひとのふりみてわがふりなおせ。
「ひとのふりみてー、わがふりなおせっ!!」と叫ぶ娘を見る度に、
自戒すると共に、苦笑
いつまでもそういう人であって欲しい‥‥と願う親ばかです。
で、
「笑う門には福来る。」
改めてそういう一年でありますように。

「継続は力なり。」
この年末年始の数日間描かなかったことで、改めて実感します。
たしかにタダでさえ忙しい年末年始、
じっくり腰を据えて描くことは難しかったけど、
時間がない、なんて言い訳ですもんね。
父親はこの年末年始、大晦日も元旦もずっと毎日、
ゴルフのクラブを振るのを欠かさずにやっていました。
その姿勢には本当に頭が下がります。

改めて、普段使っている道具類に感謝。
そして描き始めました。


2010年1月3日 あけましておめでとうございます


2010年になりました。
みなさま、お正月はいかがお過ごしでしたか?

私はというと、
‥いえ、正確に言うと他の家族たちは寝てしまって居間に残された私と長女の二人は、というと、
大晦日から元旦に変わるその年明けの瞬間、
いつの間にか大人数に増えたエグ○○○で越しました。笑
‥‥今年は長女が
「絶対に夜中ずっと起きていてやるー。」
と意地になっていたため、
私も眠たいけどつき合わないといけないと思って、
テレビのリモコンを片手に、
私「どれで年を越す?」
長「年越すってなによ。」
私「大晦日からお正月になる瞬間よ。
  何を見て越すかってことよ。」
長「大事やな、それは。」
私「そう、大事やろー。」
長「これも捨てがたいな。」
私「ええ?ジャ○○で越すんかいな。」
長「あかんの?」←強気
私「いえ、いいですけど‥。」←弱気
長「でもこっちもええな。」
私「エグ○○○だったら、まあ許す。」
長「ええ〜、でも、やっぱりこっち。」
私「意外に、ゆく年○○年はどうよ。」
長「それは渋いかもなあ。」←渋いというのがわかるのか。
と迷いに迷い、ザッピングを繰り返しすぎて、
結局エグ○○○で年越しました。笑

それからしばらくしてから、おばあちゃんに寝かしつけられていたはずの次女が、
「はじゅみも、じゅっと起きてるって言うたやろっ。」
と毛布を抱えて、半分キレながらやってきて、苦笑
3人で夜中1時半まで粘りました。
しかしもう全員耐えきれなくなって、皆でそそくさと布団に入り、
明け方はたっぷり10時くらいまで寝てしまったというていたらくぶり。
おとそも飲めずに元旦を過ごしました。
妹夫婦と昨年産まれた赤ちゃんもやってきて、
ゆっくりのんびり、いいお正月でした。

今日から仕事始めです。
今年もどうぞよろしく御願いいたします。